~ Traditional Karate blog~

田舎での暮らしや思いを書いている老いぼれです。 また、H・李小龍北海道倶楽部・Kと日本IUMAに所属しマニアックなことや技術的鍛錬で人生を楽しむ日々です。 芦原空手(四国修行時代)や日々修行の溜め込んだ秘蔵映像を発信していきます。

通称「館長稽古」



松山修行時代の或る夏、道場にて黒帯弍段、参段を目指す通称「館長稽古」がありました。

当時、芦原英幸館長は全国世界中を多忙に飛び回り武器の開発に営業にまた情報収集に翻弄し睡眠時間も削り3時間も眠れない時代でした。
故に通称「館長稽古」は総本部でも貴重な時間です。

基本が始まるとドアからスーッと静かに入り稽古中の後ろ側に廻って手すりに脚を伸ばしストレッチしながら道場生全体の動きをチェック始めます。

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号令掛ける職員や黒帯に号令のリズムや説明の仕方、小さな動きひとつ妥協なく、基本の要点をアドバイスされます。
「今日の号令は上手いな!お前、北海道で号令やってたん?ほぅ其処の支部の雰囲気が手に取るよう判るんよ・・なぁ、S。号令は皆を引っ張りよる様やることが大切じゃけん」

移動稽古では、立ち方の腰の高さや指先の方向、膝の柔かさ、肘肩の回転、腰の回転、拳の走り、前屈立ちからの移動、騎馬立ちからの蹴りにも、普段気が付かなかった要を徹底し指導されます。
「アシハラ蹴ってみろ・・思い切ってこい、そんな蹴り効きゃせんって!」中途半端なことをやると直ぐに注意されます。

小休止では館長自らサンドバックを軽く変幻自在に叩いて打って、カウンターを蹴ったりしながら海外支部で観てきたこと、移動式サンドバックのこと、二宮師範に持たせたサンドバック等を話して下さいました。

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型の稽古に入り、動きの正解さ、対人の動きに叶っているか、ぶれない軸と回転、技と技との流れる動き、風切る技を見分けながら、何十回も永遠に繰返し「お前とお前と・・以外は残れ」次々ふるいに掛け落とします。

最後まで残るのは気力、体力、技術力持つ弍段、参段候補でした。
これが落とされると悔しくて悔しくて・・最後まで少しでも残ろうとフラフラになっでも気持ちを奮い立たせ落とされた時は、先輩方の凄く鋭利な動き見て感動しました。
何で落とされたかを実感する瞬間でもありました。
「お前等の動き見てると蝿が止まる様に見えるけん・・こうやるんよ・・パパパ~ン」胸、腹、頬に鋭利な風が何発も貫通しました。


次はサバキです。
黒帯が一列に並び、白帯から色帯へ、外人だろうが大小構わず順番に相手して行きます。
当時は脛サポーター等着けて居る者は殆ど居ません。骨と骨、骨と筋肉が軋む音が響いているのが当たり前でした。
2m超えのプロレスラー、ジンキニスキーに似たデンマーク白人と相手した時は腰に両手を置いて「お前えみたいなチビとやれる訳無いだろう」と見下げた態度には腹が立ちましたね。
催促すると長い蹴りが飛んで来たので吸収ステップしながら着地脚にカッティングキックするとタイミングが合いティクダウン。
真っ赤な顔で起き上がり向かって来ました。私は大柄なタイプとやるのが嬉しくて大好きでした。

館長は何故か外人には特別お客様扱いで「お前、外人に怪我させるな!誰だ、爪で引っ掻いたの。酷いな、血だらけやの、消毒やっちゃれ」。回し崩しで首の裏は、燃えよドラゴン状態でした。

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犯人探しになり、高知出身の黒帯の爪は赤く染り直ぐに館長の標的になってしまいました。

余談ですが彼のアパートに移らないか?と一度下見に行ったことがありました。共同汲取り便所に共同洗面所、共同洗濯機に風呂なし、四畳半は中央に大きな陥没有り、希に蛇が出る特典付きで家賃¥8,000-。更に破けたビニ本が50冊読み放題と来たからにはその気になりましたがやっぱり、蛇には勝てず断念したのです。

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最後は黒帯同士のサバキ合戦が始まります。
身体中に喰らった痛みなんて気にする暇もない瞬間です。
勝ち抜いた者が館長の目に止まり、更に上を試される場でした。
私達は何とか職員達を徹底して狙います。
職員に殺られるのが悔して悔しくて必死に抵抗し最後はねじ伏せられ、カッティンキック浴び空中を仰いで「それまで・・お前下がれ」と声が響きます。
芦原館長は、常に冷静さが大切と仰いました。
確かに私達は冷静さに欠けていました・・稽古時間は遥かに過ぎて行きます
あの悔しい思いが今も空手を続ける起爆剤になり、例えお仕事で逆境に合っても、何とかビニ本に目もくれず乗り越える日々です。

鍛練は続く・・・